右から左にいつのまに

ここ10年来、かって右派の論客であった人物が、知らぬ間に極左にちかい立場になってしまうという風景をみる。初期はアメリカンリベラル、晩年は非難の的となった國弘 正雄さんがその例のひとりだ。

そのように考えると、天皇家明仁さん、美智子さんの立ち位置は、我々からみて、微妙である。個人としての彼らが真摯な人物であることが、安倍・官僚群の法治国家を否定する戦略戦術のなかに対置されることにより、見えてくる。

次の天皇さんちが、この二人の意志を継ぐ可能性はとても低く、このままでは官僚群の戦術のままか?

 

 

安倍政権はああ言って、こう言って部分的に取り消して、結果的には全部既成事実としてあり

国会は明らかに機能不全である。安倍内閣およびその私的周辺は、意識的に互いに矛盾した個別の事項をあれこれ並べあげて、野党はそれを追いかけて、右往左往している。一つの内閣の閣僚の発言が様々で内閣としての責任にならない、なんてのはあまり例がないのではないか。一番注意しなければならないのは、今の日本の情況では、現国会での核保有を含めすべてのバラバラな発言が、数年後には国会で否定されていない(謝罪、取り消しは決して否定ではない)事実として実行される可能性が高いことだ。

もう一つ大きな気がかりは、国会における閣僚の発言を作成しているのが官僚群ではないかということ。多くの場合首相・閣僚は官僚の文章を前も見ずに読み上げている。

今回も同じ構図であれば、敵の根はさらに深い。

殺すな

岡本太郎ベ平連のバッチにデザインした「殺すな」

このテーマは反戦の基本である。

しかし、60~70年代の「殺すな」は米国軍事同盟国が、ベトナム市民を殺すことをやめよ、また兵器兵站の供給国にいる我々もそれに加担するな、という主張であった。

 

しかし、

安倍以降これから我々が主張する

「殺すな」は

我々が、我々の仲間が、我々の家族が

他国の市民を

殺すなという、宣言となる。

理科研究の小学生に、噴火かと問われれば噴火だ

箱根の小規模噴火について

  ”同庁火山課の小久保一哉・火山活動評価解析官は、今回の噴出現象について、「理科研究の小学生に、噴火かと問われれば噴火だと答える。ただ、気象庁では噴火と記録はしないと説明する」と話した (朝日デジタルから)”

 火山活動評価解析官というのは科学をわすれた、官僚の職種であるのか?まるで、JAWSの悪い保安官のようではないか。

安倍首相なら

「小学生に、戦争かと問われば戦争と答える。ただ、官邸では戦争とは記録しないと説明する」(未来新聞)。いや、かれは戦争とはいわず、暴力的和平行為というのか。

 

  新聞テレビにのるニュースの増加に反比例して、この国の「科学」劣化はすざましいものがある。科学の成立以来、科学のもたらすものは、必ずしも人々にもろ手で歓迎されることはなかった。数十年まえの「反科学」という流行語もその一つの現れであったが、それ以来「科学」はすり寄るもの、積極的に理解すべきものであっても、内部の批判力 (Critics) を失っている。

掘り下げなければならない、問題である。

定義; 報道とはへつらいの顕れ

すべては今後の判断の指針になることであるが、

新聞・テレビにかかわる人々が、これほど安倍政権とその官僚機構(この順は逆か)にすり寄っているとは!

 たとえどの立場をとるにせよ、ここ100年のなかで、この国ではトップ10にに入るだろう国会の議決(小学校の教科書にのる)があった翌日に、国立競技場見直しのニュースが上位とは、なめすぎではありませんか。

さらに同時に どうせ忘れる という題字がながれることは、仕事にたいする責任の放棄にほかならない。

我々はそう忘れっぽくもないので

岸信介A級戦犯であることは教科書で学んだし

ノーベル平和賞受賞者佐藤栄作が記者会見場からTV記者いがいを追い出したことも覚えている。

さらに、数年前、経団連のエライサンが、新聞テレビに「お仕置き」をしなければいけないと発言したことも、覚えている。

ほころびはむしろ大きくなっている。

国会が機能不全であることが明示された日

2015年7月15日 新しい戦前の初日

国会が市民の意思を反映することは不可能であることが、明らかになった。

自民党は帝国憲法下の軍部に対応する。マスコミの荷担も同じ構図であろう。岸・佐藤・安倍一族は、議員の数で市民を声を愚弄するコメントを残しているのは、不思議な一致でもない。

幾世代かのちに、彼らが再びの侵略国日本の先導者であったと記載されることは明確であると、「期待」する。

野党とよばれる、人々の知恵のなさはあきれるほどで、今日の委員会で画用紙を振り回した姿は、テレビカメラの前に顔をだしたがる、迷惑なガキとかわらない。どなたの入れ知恵かしらないが、かれらが共犯者であると、記載されないためにも、今日はしゃいで議員は、明日から同じ主張を入れたT-shirtでも着て議会に出席すべきである。

 

情勢が明確になったということは、決してむだな一日ではなかった。